| � 〕�休の時代にはまだ「台目」という言い方は普及 しなかったといいます。 二畳台目のことは二畳半、三畳台目は三畳半と 言っていた 「茶譜」という江戸後期の書物には誰の頃から台目 という言い方が一般的になったと書いてあるでしょ うか? 「利休流に、座敷の畳一間に不足は、半畳に不限、 何れも半と云」 「右当代(江戸後期)は何畳大目とならては不云、 之も〇〇〇〇時代に」 ヒント⇒利休七哲の一人 墓は京都の興聖寺 〇〇焼という焼物を始めた 菓子にも〇〇饅頭というのがあります (〇は漢字です) <答え> 古田織部 |
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| �◆,�茶の世界では女性でも主催者のことを亭主といいます。
お茶の人は女性が特に男性のようであるという事ではないと思うの ですが・・・ これには他の理由があります。 さて何故女性でも亭主というのでしょうか ヒント⇒室町時代「闘茶」の会場は眺望を四方に開いた二階の建物で 下層は客殿でした。上のことを喫茶の〇と称していました。 <答え> 亭 喫茶の亭の主人という意味でお茶の世界では女性でも亭主と いいます。 けっして女性が男性の様だという意味では有りませんから! 念のため | |
| �� 茶碗などを箱に納める時、真綿等を裂または揉み紙に包んでその形に はまるように作り、入れておくものを何といいますか? ヒント⇒今年の(社)鎌倉青年会議所の理事長は中込仁といいます。 <答え> 中込(なかごめ)といいます大切な物には是非おすすめします。 | |
| �ぁ 嶌0羹ゝ彙稘鯑�記書抜」に出てくる会記です
天正元年十一月二十四日朝 (一五七三) 信長様於京都妙覚寺御会 友閑 宗久 宗二 御料理 木具 折敷 一 雉焼テ 汁 カキ松ロ 飯 二 木具 折敷 一 金土器ニ ケツリハモ 汁ツル 一 銀土器ニ ウト小口 三 同段 一 カマホコ キソク 鯛ノサシミ ウスラノ焼鳥 ここで「木具」と出てくるのは、木地ということですがこれは 懸流し(かけながし)という扱いです。 さてこの懸流しとはどのような扱いのことを言うのでしょうか? ヒント⇒割り箸なども同じこと <答え> 一度限りで使用不可能にすること 高貴な人達はこの懸流しの膳碗を用いていた。 神様にお供えする時の諸道具が木地なのは本来その使用は 一度限りであるという事 | |
| �ァ ´い硫餤�にでてくる「カマホコ」とは今で言う「蒲鉾」の事ですが、 この蒲鉾は何故このような字なのでしょうか? さらに次ぎの「キソク」とは何の事でしょうか? 漢字で書くと亀足(キソク) <答え> 十六世紀半ば「かまぼこ・・・蒲のほをにせる物なり」 十六世紀末から十七世紀初 「魚を能すりてすりたる時いり塩の 水を少し加え、一つにすり合、 板に付るなり」 十六世紀末から十七世紀初にはすでに今のように魚のすり身が 板の上にのせてあったが、十六世紀半ばでは、「蒲の穂」のような かたちをしていたそうです。 それで蒲穂⇒かまぼこ⇒蒲鉾となったそうです。 「キソク」とは 亀足という字ですが、亀の足を茶事に出したのではなく、 串にさすという意味です。 つまり�い硫餤�にでてくる「カマホコ キソク」とは蒲鉾が串にさしてあっ たと読んでみて下さい。蒲鉾が蒲の穂の形をしていた事がわかります。 | |