��  「遠州七窯」についてのクイズです。
   ご承知のように、小掘遠州の好みの茶器を作った七つの陶窯で、
   志戸呂(遠江)・膳所(近江)・上野(豊前)・高取(筑前)・朝日(山城)・
   古曽部(摂津)・赤膚(大和)の七つを言うようですが、別に古曽部の
   代わりに伊賀を加える場合もあります。
   さてこの「遠州七窯」とはいつごろからいわれるようになったのでしょうか。

   ヒント→因みに松平不昧筆の『瀬戸陶器濫觴』(文化八年(一八一一)
       二月編述)では、「国焼の名物を出した物で宗甫(遠州)時代と
        して高取、薩摩、肥後、丹波、膳所、唐津、備前」の七を挙げ
        ています。つまり少なくともその時代(不昧の時代)にはまだ
        「遠州七窯」という言い方はなかったようです。
        遠州七窯の称は幕末になってからです。では最初にこの言い
        方をした本のタイトルを調べてみてください。
        嘉永七年(一八五四)同附録 安政二年(一八五五)  
                           田内梅軒著 明治十六年刊行

  <答え>
   『陶器考』 
      嘉永七年(一八五四)  同附録 安政二年(一八五五)   
      田内梅軒著 明治十六年刊行です。

    同書に 一 志戸呂  遠江印有ハ若シ      
         一 上野  豊前 今渡唐五左衛門      
         一 朝日  初代遠州臣 窯所不定朝日 
                         朝雲今豊前同新十郎
         一 膳所  近江 後窯印梅林      
         一 高取  筑前 上野焼弟子 初代六蔵八蔵      
         一 古曾部 摂津 初和様印後八分印      
         一 赤膚  和州郡山      
 と出てきます。
   因みに一八九一年(明治二十四)四月刊行『本邦陶説』という本の
   中では、古曽部を除いて伊賀を加えている。

�◆|禺爾砲肋�さな出入り口があります。
   躙口(にじりぐち)といいますが、入るときは当然頭から入りますが、
   出るときはどのようにでるのがいいとされているでしょうか。
   改めて考え見て下さい。
   頭から出るか?・足の方から出るか?

   <答え>
    先ず躙口(にじりぐち)から頭を出し、それから足を出し
    露地草履を履きます。     
    畳に座ってしまってから足を出して草履を履き、それから
    滑り台のように出るのは間違えです。ご注意ください。     
�� 昔から「吉祥文」といっておめでたい
   ものが、たくさんあります。
   たとえば「牡丹」これは中国では百花
   の王といわれ、富貴の象徴であり、
   芙蓉とともに高貴な花とされています。
   栽培や鑑賞は唐時代から盛んでした
   が、工芸品の文様に多用されたのは
   宋代からだそうです。
   さて「牡丹唐草」という言葉も良くきき
   ますが、この唐草自体も中国ではお
   めでたいとされていますがその理由を
   考えてみてください。

  ヒント→
   唐草は「万代」を意味するそうです。
   音が通じる。 
   唐草には何があるでしょうか?
   瓢箪も同じこと


  <答え>
  唐草には「蔓」があります。
  この蔓は「まん」と読み、中国では
  音が通じるところから「万代」の「万」
  という意味を寓意し、おめでたい象徴
  とされています。
  ですから「牡丹唐草」は牡丹が百花の
  王で富貴の象徴、それに唐草の蔓の
  「万代」を意味するという事です。

  
 
     牡丹文陶枕(とうちん)
              明時代

    
     
�ぁ‘韻犬�中国では「蓮」もおめでたいそうです。
   日本では蓮を仏教の象徴とみる傾向がありますが、中国では吉祥の
   意味が与えられてきました。豊穣と繁栄を意味するそうです。
   どうしてでしょうか。
   また音が通じるということで考えてみて下さい。

   ヒント→蓮の根は「れんこん」

   <答え>
     「蓮」は文字通り「れん」と読みます。
     「れん」は「連」に通じますので「繁栄」を意味するそうです。
�ァ‖海い討發Π賁筺▲疋薀�ュラの仲間の
   蝙蝠(こうもり)も、なんと中国では
   おめでたいと されています。
   こちらの理由を考えてみて下さい。

  <答え>
  蝙蝠(こうもり)はこの字が「ふく」と
  読み、「福」と通じますのでも、おめで
  たいという事です。
  それにしてもあの「こうもり」がおめで
  たいとは!

       豆彩瓢蝠文皿(清時代)