��  天目の種類の続きです。鼈甲盞(べっこうさん)、鼈盞(べっさん)
   ともいいます。 内側は花、尾長鳥、木の葉など種々あるが、
   写真は玳瑁・?瑁(たいまい)とよばれるウミガメですが、天目の
   外側はその亀の背甲のような景色をしているところからついた
   名称ははというでしょうか。
   窯は中国江西省吉安県永和鎮にある吉州窯(きっしゅうよう)です。  

                
                

    <答え>
       玳皮盞(玳玻・玳?・?皮・態皮・能皮)天目
       (たいひさんてんもく)といいます。
�◆\�付地または白磁素地に赤、緑を主とした文様を付けたもの。
   制作年代は明末、清初と推定されるやきものがあります。
   中国南部の福建省?州近傍の所産とされています。
   盛んに海外に輸出したもので、今日中国には残っているものは
   少ない。
   合子、鉢、皿、壷の類が多い。下絵付に染付が用いられる事が
   あってもごく少なく、主として緑と朱を用いて自由闊達に描いている。   

   ヒント→○○赤絵(○○はコバルト彩料のことを言う場合もあります)

   <答え>
       呉須赤絵
�� 利休時代に炉縁の作者として「久以」とか「半入」などの
   指物師が有名で、沢栗などにすぐれたものがあります。
   さて何を作ったでしょうか?  

   ヒント→風炉の時季には使いません

  <答え>
         炉縁
�ぁ_崙�が茶会記に初めて登場する会記です。
   利休宗易の茶会の初会で利休が十六、七才でした。
   『松屋会記』天文六(一五三七)に「ホソ口ニ花 ノハシニテ」
   茶会記における花入の初見

   『松屋会記』(五番目の記載)
    天文六丁酉
       二月十三日朝 一京都与四郎殿へ 宗易事也 久政
       大釜一 天目 ホソ口ニ花 ノハシニテ
       シヲヒキ 汁ナ 引汁スゝキ
       アメナマス 飯 引物 アユヤキテ
       クワシ イテモチ ヤキクリ

    さて問題です。
    この「ノハシ」 という花入、後に何と呼ばれるようになった
    でしょうか。
  
   <答え>
      鶴一聲(つるのひとこえ) 宗易所持 コドウノ無紋 細口

  
�ァ〕�休が初めて茶入の代わりに棗を用いたのが永禄九年
   ( 一五六六)です。
   『宗及他会記』(天王寺屋会記)永禄九年十一月二十八日    
       永禄九年十一月廿八日 朝 宗易江 武新 宗及
   このように棗を濃茶入として使う点前は現在何と言ってる
   でしょうか。
   二つあります。
   一つは包帛紗(つつみぶくさ)さてもう一つ。
  
   <答え>
       大津袋(おおつぶくろ)利休の妻宗恩の公案とされています。