| �� 明治五年春、第一回京都博覧会が開催されました。 祇園の会場の呈茶席には「囲い点(かこいだて)」と「椅子点」の 席が設けられた。 裏千家十一代玄々斎は外国の方もたくさんお見えになるこの催しに、 時代に応じた感覚を取り入れ、画期的な事を考案しました。 それが、畳に座るのではなくて、椅子に腰掛けてお茶を 召し上がっていただく「立礼」です。 台子を点茶卓に利用し、天板に風炉釜を据え、皆具を飾り、 椅子に腰掛けて点前をした。 当時は賛否両論さまざまな評価もあったようですが、現在では この椅子式の茶法が各流儀においても、取り入れられています。 まさしく時代を洞察して考案されたといっていいでしょう。 点茶盤は立礼式の点前で唯一茶事の行えるものです。 玄々斎は数奇屋大工二代目木村清兵衛に制作をたのみました。 さてこの棚は現在何と呼ばれているでしょうか? 答え→ 点茶盤 |
| �◆� 茶入を道具畳に置く時に正面になるところ。釉のなだれなどの ある所で、景色のいいところを正面にして置きつけるところ からの名称。 さてこれを何と言うでしょうか? ヒント→置く姿ということでしょう 答え→ 置形(おきがた) |
| �� 茶道」という言葉は寛永十七年(一六四0)
「其心へひヽかせん とのしかた也、茶湯の道をしらすといえとも、いたりし上ハ、 皆心の作の吟味なるへし、」が初めと言われています。 さて何という書物に出てくることばでしょうか ヒント→久保某が書きました。この人は鴨長明を尊敬していた そうで「長明」の名をもじって名前を付けたそうです。 「長○」明るいではなくてその反対「長○」 答え→ 久保長闇堂(久保権大夫利世) |
| �ぁ ̄彭長Г量樵亜崙濂А廚鷲柔蕾範斬絣弌杭惴巾廚亮蠅鼎�り 黒茶碗「○○○」を所持、愛蔵したことからの呼称といわれる。 享保八年、江岑宗左五十回忌に因み、表千家六代覚々斎原叟が 手づくりした五十個の内の一つ。 原叟は狂言から「○○○」と銘した。 この追善の茶会で名古屋の高田源良斎がくじで引き当てた。 高田源良斎は以後「太郎庵」と号しました。 鈍翁が「○○○」を 入手したのは、還暦を迎える前年の明治四十年。 鈍翁は「○○○」を手に入れるとただちに名古屋にあった「太郎庵」 の写しを御殿山に造らせている。 そこで還暦の茶会を催したといいます。 さてこの茶碗の銘は? 答え→鈍太郎 |